自分の本質を探す旅

だと感じた。

 

作品

キャスト

  • 監督

ジェイク・カスダン

  • 主な出演者

ドウェイン・ジョンソン

ジャック・ブラック

ケヴィン・ハート

カレン・ギラン

  • 主な登場人物(出演者順)

スペンサー/ブレイブストーン博士

ベサニー/オベロン教授

フリッジ/フランクリン・フィンバー

マーサ/ランドハウス

あらすじ

学校の地下室で居残りをさせられていた高校生4人。「ジュマンジ」という名前のソフトが入った古いビデオゲーム機を偶然にも発見する。プレイするキャラクターを選択した途端、4人はそれぞれのキャラクターの体=アバターとなってゲームの中の世界に入り込んでしまったぁぁぁぁ。しかも、そこはジャングル!しかも、現実世界の自分とは性格も体格も性別までも違う自分にボディ・スイッチングしてしまう!このゲームを攻略しなければ、永遠にゲームの中に閉じ込められる。果たして彼らは、生きて現実世界に帰ることができるのか。


映画『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』新予告

感想

一度は考える「もしも誰かになれたら」を叶えてくれた映画

生まれてからいままで、すべての人間は誰かに憧れ「誰かになりたい」と思った事がある府だろう。私もその一人だ。昔祖父と見た「インデペンデンスデイ」で主演をしていたウィル・スミスに憧れ将来は彼のようになりたい、あわよくば彼自身になりたいなど考えていたものだ。時がたった今でも私は誰かになりたいという欲を持っている。

おそらく一生消える事はない。

そもそも誰かを見て、その人になりたいという感情はどこから来るだろうか?

おそらく憧れや羨望などプラスの側面から来る感情であろう。だからこそ、その人でいる人生や楽しみを見出して、私もああなりたいと感じるようになる。その人の持つお金に憧れたりスキルに憧れたり様々あるけど、どれもプラスの感情だ。

ただしその背景には決してプラスの側面だけではないことを理解したい。

背景にはコンプレックスとか苦手な事とか様々なマイナス要因も含まれている。

そして今作は「もしも自分じゃない違う誰かになれたら」を叶えてくれた作品であった。この作品は面白いだけではなく、バーチャルの世界に囚われた中で、いかに協力していかに進化していくかが問われるものであるため、主人公たちの心理的進化をコミカルに描いてくれる素晴らしい作品だったと感じる。

悩みと理想

彼らのゲーム世界での姿は彼ら自身の理想の姿である。

 スペンサー/ブレイブストーン博士

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スペンサーは現実ではナード(オタク)、ゲームの世界ではマッチョでイケメンな冒険家である。彼は自分がダサいことを若干卑下している。作中でもフリッジがスペンサーから離れていった事を自分がダサいからだといい、マーサに告白する時も自分がナードであることを気にしていた。とにかく彼は彼の容姿に自信がなかった。ゲームの中での彼は現実に反して、さながらヒーローであったからこそエンディングで彼はゲームの世界から戻りたくないと言ってしまったのだろう。

ベサニー/オベロン教授

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ベサニーは現実では「イケイケ」女子、ゲームの世界では中年デブ男である。彼女は自分自身が姫様やエロいモノとして見られることに慣れていた。そしてスマホを片時も離すことなく、自分が可愛くなる方法を考え、自分中心で生きてきた

しかし私が思うに彼女はそんな生き方が心のどこかで嫌だったのかもしれない。と感じている。彼女はジュマンジに来た直後はスマホがない事を嫌がっていたが、徐々にスマホがない生活の豊かさに気付き始め、自然と一体になるような生活が好きになっていた。おそらく我々現代人と同じようにスマホ社会に疲れていたのだろう。

さらに男になることによっていやらしい視線などを感じなくなるのも利点であり、実際現実世界でのそのような視線に辟易していたいのではないだろうか。

ジュマンジを通して本当に自然体の彼女になれたのではないかと思う。

 フリッジ/フランクリン・フィンバー

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フリッジは現実ではアメフト選手、ゲームの世界では小柄で頭のいい動物学者兼リュック持ちである。作中の彼の言動には自分が馬鹿じゃない事を訴える箇所が何か所かあった。おそらく、彼はスポーツをするようになり次第と交友関係が陽キャよりになってきて、スペンサーとの距離ができてしまったのだろう。しかしスペンサーは勉強ができるから、昔頼りでレポートの代筆などやってもらっていたと考える。

しかしフリッジ自身は頭が良くなりたく、アホと言われることを非常に嫌っていた。だからこそ頭がいいスペンサーのモノのいい方に過剰に反応してしまい喧嘩などをしてしまったのだろう。彼自身は頭が悪く知識がないことをコンプレックスに思っていたのかもしれない。

マーサ/ランドハウス

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マーサは現実ではナード女(オタク)、ゲームの世界ではスタイル抜群空手美女である。彼女の理想については憶測の域を出ないが、おそらく陽キャに憧れていたのだろう。

というのも彼女は学校を楽しむものではないと考えているもののスペンサーに恋をしていた。つまり彼女は本当に学校を楽しむものではないと考えているのではなく、自分に自信がなく行動を起こす事ができないからこそ、つまらないと感じてしまっていたのだと思う。だから勉強だけで楽しみはいらないという思考になったのだろう。

しかし彼女が超絶美人になって様々な行動を自発的にしたことで、「自分で行動をする楽しさ」を学べたのではないかと思う。学校は勉学だけではなく社会を学びに行く場所だと気付いたのかもしれない。

このように、この作品は彼らが彼らじゃなくなることで自分を客観的に見つめなおし、ガワだけじゃない本当の自分を見つめなおす機会を経て成長していく姿を楽しむ作品となっていた。おそらく今の彼らは誰かに憧れるなんてことはないだろう。自分自身の存在の確固さや、自分が思い描くべきものを知れたのだから。

<

【おすすめ度】

☆☆☆☆☆☆☆

とにかく爆笑しすぎて何回も巻き戻すような一つ一つの描写のクオリティが高い映画だった。序盤からしっかり笑わせてくるものの、それと同時に冒険のワクワクさを肌で感じるぐらいに演出してくれて目を離せない場面ばかりだった。終始一度はこんな世界に没入してみたいなと思わせてくれるような温かさとドキドキ感が詰まっているため、なぜかこの映画の主人公たちが羨ましく感じてしまうのは私だけだろうか。

ただ、ケーキで破裂とか、サイに踏まれるとかは勘弁だわ^^

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著・なめこ汁

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